森林太郎墓
自宅のすぐ裏なのだけど、年末訪ねてきた義弟が案内してくれて、三鷹に越して九ヶ月でようやく訪ねることができた。 余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス そういう生き方をしたいといまは切に思う。...... 暮らしも仕事も大きく変わった2014年。あらためて自分の原点を思うとともに、多くの人や物や街のおかげの「いまここ」であることを思う。...
View Article「生活工芸」の時代|京都編
もはやゼロ年代じゃない。2015年はここから始めたいと思います。 いまにして思えば、21世紀に入って最初の10年は、新時代らしく理想を追及した10年でした。20世紀の負の遺産を克服し、様々なフェーズであるべき姿が求められ、社会と生活への関心が高まった10年。理想主義の10年と言ってもよいでしょう。...
View Article「生活工芸」の時代|会津編
写真:苧麻帯地(奥会津・昭和村)「生活工芸」の時代|トーク【会津編】 「生活工芸」と自然中沢新一 × 石倉敏明× 成瀬正憲 ×鞍田崇 2015.03.18 WED 19.00-21.00会津若松・三番山下後援: Book! Book! AIZU 実行委員会...
View Articleいまなぜ民藝か
京都と東京で、新著 『民藝のインティマシー』 刊行記念トークを行うことになりました。「いまなぜ民藝か?」『民藝のインティマシー』(明治大学出版会)刊行記念トーク [KYOTO]服部滋樹 × 鞍田崇《 ここで考えたことの「おさらい」と「これから」 》2015.05.15 FRI 19.30-21.30MEDIA SHOP(河原町三条)料 金: 一般2,000円、学生1,500円...
View Articleミナカケル
風邪ぎみにつき、京都入り一日延期。で、ふらりきちゃったし、ミナカケル。「どんどん飛んで行こう!どこまでも飛んで行こう!速くなくてもいい、でも、全力を尽くして飛んでいたい。まっすぐ一直線に進んで行くものの魅力って、あると思う。」コトバもすてきすぎて、死にそうでした。
View Article民芸と生活工芸
だいじょうぶ、まだ食べられる――村上春樹さんの短編「中国行きのスロウボート」に出てくるフレーズ。はじめて読んだのは中学生のころ。それ以来、ずっと耳にこびりついていて、ふとした機会にアタマをよぎる。どこか諦めのようでもあり、とにかくリアルで、でもまやかしなんかじゃなく、希望にみちたコトバとして。希望だなんて、大げさかな。これはたしか、落としたパンについての一節で、そんな夢を見たとかっていう文脈だったっ...
View Article地球研所員紹介
画家の和出伸一くんが地球研ニュースレターの所員紹介で取り上げられています。ページ上下の「群衆」イラストのあしらいがかわいー。僕もすこしコメント寄せました(no.54, p.13)。...
View Article大丈夫、埃さえ払えばまだ食べられる
正確には「埃さえ払えば」でした。大丈夫、「埃さえ払えば」まだ食べられる。読み返してみると、思いのほか、いまの自分に響くものがありました。30年前、はじめて読んだときもまた、今日みたいな夏の兆しの晴れた休日だったのを思い出しつつ。………...
View Article高林兵衛邸
ただただ居心地のよい空間、家族が楽しめる空間を求めたということ。それに尽きるということ。1929年、作ったのは夢多き30代の青年です。 昨日、民藝運動草創期の支援者、高林兵衞の自邸で確かめたのは、そういうことでした。hamamatsu 2015
View Article生活工芸のこれから
4月につづいて、ふたたび金沢でトークをします。今回もおなじく、金沢の生活工芸プロジェクトの shop labo モノトヒト の展示関連で、このたびは、伊賀の gallery yamahon...
View Article戦わなければならないのは何のか、誰なのか
ほんとうに戦わなければならないのは何なのか、誰なのか。戦うなんてガラじゃない。でも、最近そう考えることがしばしばあります。それぞれの取り組みは間違っていないのに、肝心の「敵」を見誤り、結果届けるべき言葉が届かないまま、下手をすると同士打ちになっている気がしてなりません。戦うよりもむしろ、ボクは育てたい。ひとりひとり、ひとつひとつ、無数の小さな試みをくりかえし訪ね、言葉をかさねる中で、それらをカタチあ...
View Article